世界三大美女は世界共通ではない?全員の紹介と、小野小町とヘレネーどっちが正しいのかについて

世界三大美女って誰なの?

世界三大美女のうち、小野小町とヘレネーはどっちが正しいの?

といった方に向けて、世界三大美女についてまとめてみました!

この記事を読むとでは、以下のことを知ることができます!

  • 世界三大美女の紹介
  • 小野小町とヘレネーはどっちが本当の世界三大美女?

それでは、見ていきましょう!

世界三大美女は世界共通ではない?

世界三大美女は、世界共通でこの3人!というのは決まっておらず、地域別に違うため4~5人程度存在しています!

ノミネートされているのは、以下の5人です!

  • クレオパトラ7世(エジプト)
  • 楊貴妃(中国)
  • 小野小町(日本)
  • ヘレネー(ギリシャ神話)
  • マリー・アントワネット(フランス)

クレオパトラ7世と、楊貴妃な世界共通で、残りの一枠を残りの3人で争う形となっています!

一般的に、残りの一枠には小野妹子とヘレネーが入ることが多いので、マリー・アントワネット以外の4人を紹介していきます!

クレオパトラ7世について

クレオパトラ7世は、紀元前69年〜紀元前30年に生きたエジプトの女王です。

美しく賢い女性で、古代ローマの独裁者・カエサルを魅了して、女王の座を確かなものにしました。

カエサルが暗殺された後、ローマの新たな支配者の1人であったアントニウスを虜にしたりと、その魅力を存分に発揮していました。

しかし、アントニウスの死後、ローマを支配したオクタウィアヌスに追い込まれ、エジプトの象徴であるコブラに自らを噛ませてその命を絶ったといわれています。美しすぎるのも罪ですね。

楊貴妃(ようきひ)について

楊貴妃は、その美しさが幼少期から知れ渡っており、17歳で唐(7世紀の中国の王朝)の皇子のきさきになりました。

しかし、22歳のときに皇子の父で、皇帝である玄宗(げんそう)に見初められ、きさきとなります。

玄宗は楊貴妃に夢中になりすぎて国を治めることを怠り、反乱が起きてしまいます。

兵士たちの怒りの矛先は楊貴妃に集まり、命を絶たれてしまいます。

音楽や舞踊の才能にも恵まれ、機知にも富む女性だったといわれています。

小野小町(おののこまち)について

小野小町は、平安時代に生きた女流歌人です。

六歌仙、三十六歌仙の一人でもあります。

有名なものとしては、小倉百人一首に収録されている「花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせし間に」という和歌があります。

自分を花にたとえ、花の色が褪せるように私の美しさも色褪せてしまったと嘆いている歌です。

小野小町の歌は洗練された恋の歌の中に高い教養とセンスが光ることで知られています。

ヘレネーについて

ヘレネーギリシャ神話に登場するスパルタ王国の王女です。

生まれた時から絶世の美女として知られ、その美しさに心奪われた何人もの国王や王子によって、いくつもの戦争を引き起こしてしまいます。

実はヘレネーはスパルタ王国の王妃と全能神ゼウスの子供と言われています。

つまり、半分人間で、半分女神ということですね。

まさに現実離れした美しさだったのでしょう。美女の例えとしてヘレネーの名が用いられることが多いそうです。

小野妹子とヘレネーはどっちが正式な世界三大美女なの?

世界三大美女って結局どっちなの?

という疑問を持たれた方が多いと思います!

その答えは、小野小町の方が優勢だと思われます!

理由としては、ヘレネーは神話上の存在であるため、実際に存在した小野小町の方が少し有利?であるためです!

日本人としては、小野小町を推したいですが、文化によっても違う部分があるので、どちらも許容していく姿勢でいきましょう!

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